細胞治療開発研究部
千葉県がんセンター研究所細胞治療開発研究部では、がん専門病院併設という特性を活かして、臨床上の問題点に密接に関わるがん研究を進めたいと考えております。当研究部は研究所発足時に田中昇先生のもと病理研究部としてスタートし、丸山孝士先生、田川雅敏先生へと引き継がれました。2019年に冨樫庸介先生(現在岡山大学)が着任されてからは、細胞治療開発研究部として、腫瘍免疫の研究を精力的に展開しました。2021年9月からは河津が部長として就任し、これまでの伝統を活かしながら、新しい技術を積極的に取り入れて研究を発展させたいと考えております。
ヒトの細胞には、細胞の設計図や細胞が機能するためのプログラムが書き込まれた「ゲノム」が備わっており、この設計図やプログラムを元に新しい細胞が作られ正しく機能します。しかし、がん細胞ではこのゲノムが壊れてしまい、正しい細胞を作ったり、細胞が正しく機能したりすることができなくなっています。私たちのグループでは、がん細胞の設計図の間違った部分を見つけることで、がんの原因を探り、新たな治療法に繋げることを目指したいと考えています。また、腫瘍免疫の働きやすさに関連するゲノムの異常があることも知られており、そのようなゲノムの異常を研究することで、免疫療法の開発にも繋げたいと考えています。
ゲノムというと無味乾燥なATGCという4つの文字の単純な配列と考える人も多いかもしれません。ゲノム解析研究は、配列を読むだけで学問的な面白さが無いと思う人も多いと思います。しかし、人のゲノムは30億塩基対という膨大な量であり、また様々な機能単位や、さまざまな特徴を持った配列(繰り返し配列であったり、ランダムな配列であったり)が連結されたものです。一口に繰り返し配列と言っても、繰り返し単位が小さいものから大きいものまで様々ですし、その成り立ちも同じ配列の重複によるものや、トランスポゾンなどのいわゆる「動く遺伝因子」によるものなど様々です。そのような複雑なゲノムの構造を深く理解することで、初めてがんの原因となるようなゲノムの異常を見つけることが可能になります。科学的な研究として非常にやりがいのある領域です。
次世代シーケンサーの技術が発達し、ゲノムの配列決定が比較的容易に出来るようになりました。患者様の腫瘍のゲノム配列を調べ、効果の期待される薬剤を選択する治療も実際に行われています。例えば、がん細胞で異常な活性化をしている酵素があれば、その酵素の阻害剤が治療に用いられます。また、近年注目されている免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法についても、ゲノム解析は治療の効果が得られるかどうか予測するための非常に強力なツールとなっています。ゲノム解析で変異が多い症例では免疫チェックポイント阻害剤が有効ですし、特定のゲノム異常を持つ症例では免疫チェックポイント阻害剤があまり効果的で無いことも分かってきました。このように、ゲノム解析を進めることで臨床の現場で有用な知見を得られる可能性がますます高くなっていると言えます。
がんゲノム解析研究は科学的研究対象として大変興味深いだけでなく、がん医療の現場においても有用な知見をもたらすことが出来る意義深い研究と言えます。ゲノムの特性を深く理解し、それに基づいたゲノム解析を行うことにより、未だ明らかで無いがんの病態の理解を目指したいと考えていますので、ご支援・ご指導を賜れれば幸いです。熱意のある方の研究室への参加を歓迎しますので、是非ご連絡下さい。
メンバー
部長 | 河津 正人 |
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研究員 | 盛永 敬郎 |
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プロジェクト紹介
1. 腫瘍免疫に着目したがんゲノム解析研究
腫瘍に対する免疫治療の効果が示され、がんの病態における腫瘍免疫の重要性が注目されています。腫瘍細胞のゲノム異常がどのように腫瘍免疫の状態に影響するのかを明らかにすることを目指しています。これまでに腫瘍細胞の抗原提示に重要な役割を果たすHLAクラスI遺伝子の変異解析を行い、マイクロサテライト大腸がんの免疫状態の詳細を明らかにしました(Kawazu et al., Gastroenterology 2022)。HLA変異以外にも、種々のがんゲノム異常が微小環境の免疫抑制をもたらすことが考えられています。微小環境の免疫抑制をもたらすゲノム異常を見つけることで、免疫を活性化させるためにはどのような薬剤を投与すべきかが明らかになると考えられます。新たな免疫複合療法の開発につながるような、腫瘍の免疫抑制につながるゲノム異常を探索しています。
図 マイクロサテライト不安定性大腸がんの免疫・ゲノム解析
HLAの機能喪失の程度を定量化し、リンパ球浸潤の程度も加味して免疫状態を4つに分類した。分類1はリンパ球浸潤が多いもの、分類2はB2M遺伝子変異によりHLAの機能が喪失したもの、分類3はHLAクラス1遺伝子変異によりHLAの機能が喪失したもの、分類4はそれ以外とした。分類4ではHLAクラスI遺伝子の機能喪失変異はないものの、HLAクラスI遺伝子の発現が低下していた。
2. ロングリードシーケンサーを活用したがんゲノム解析研究
近年ロングリードシーケンサーの技術が急速に進歩しており、がん研究への応用が進んでいます。私たちも積極的にロングリードーシーケンサーを活用した研究を進めたいと考えています。特に、網羅的全長転写産物解析に力を入れており、細胞中の転写産物の全長を詳しく調べる方法を開発し、乳がんの臨床検体を解析して乳がんの病態に関わるような特殊な融合遺伝子や細胞形態に関わる遺伝子の新規の転写バリアントを発見しました(Namba et al., Commun biol 2021)。 網羅的全長転写産物シーケンス(IsoSeq)のデータ解析パイプラインMuSTAを開発し、特にDifferential Transcript Usage (DTU)に注目した解析を行なっております。PKM2やADAR1などがんの病態に遺伝子の特異的転写バリアントが深く関わっていることが知られております。PacBio社の一分子リアルタイムシーケンス技術(SMRT)を用いたIsoSeqにより得られたデータをMuSTAを用いて解析することにより、アノテーションのない新規バリアントも含めたDTU候補遺伝子が同定できます。がん種・サブタイプ特異的なDTUを同定することでがんの病態を解明したいと考えています。IsoSeq3に対応可能なバーションアップしたMuSTA2を開発し性能評価をしており、近日中にGitHubに公開する予定です。
図 ロングリードシーケンス技術によるDifferential Transcript Usage (DTU)の検出手法
これまでに、トリプルネガティブ乳がんの臨床検体から、Tensin3遺伝子のショートフォームバリアント(TNS3S)を同定しました(Namba et al., Commun biol 2021)。Tensin3はN末端にアクチン結合ドメイン、C末端にインテグリン結合ドメインを持ち、細胞の接着や運動性に関わる分子です。一方、TNS3SはTensin3とは異なる転写開始点から始まる固有のエクソン1を持ち、Tensin3のN末端側を大きく欠損しています。この固有のTNS3SはTGFβ刺激で発現が誘導されることを見いだしており、この転写制御機構の解明を目指しています。具体的には、5´RACE法でTNS3Sの固有エクソン1の正確な配列を調べ、ゲノム上の当該配列周辺領域を用いてレポーターアッセイを行っています。さらに、TNS3Sの過剰発現やノックアウト細胞を用いたフェノタイプ解析も進行中であり、今後は乳がんの悪性化とTNS3S発現との関係を調べていきます。
図 TNS3のショートフォームバリアントの機能解析の概略
3. ゲノム医療の発展を目指した研究
千葉県がんセンターはゲノム医療拠点病院に指定されており、ゲノム医療が積極的に実施されています。ゲノム医療の発展を目指した病院部門との共同研究を進められるよう、準備を進めております。
当院肝胆膵外科と共同で、難治性消化器がん(膵がん、胆道がん、胆管がんなど早期発見が困難で予後の悪いがん種)の発症あるいは再発を低侵襲な方法で発見できるマーカー分子の探索を行っています。特に血液をはじめとする体液中に含まれるマイクロRNA(miRNA)量の変化に注目しています。miRNAは非常に不安定な分子であるため、安定的な定量解析を行うためには試料の厳重な品質管理が必須となります。これまでに、病院と研究所が隣接する当センターの特徴を活かして試料の品質管理を行うシステムを構築するとともに、次世代シークエンサーを用いてmiRNAを網羅的に定量する方法を確立しています。
そのほかにも、他施設との共同研究で中枢神経原発悪性リンパ腫、子宮体がん、頭頸部腫瘍、肝細胞癌などのゲノム解析研究を行なっており、病理検体として保存されたFFPE検体からの核酸抽出とライブラリー調整、シーケンス結果のデータ解析等の基盤技術を整えております。研究所内にバイオインフォマティクス用途の計算クラスター環境を備えています。リン研究員は旧臨床ゲノム研究室時代から機械学習を用いた創薬研究に係る科研費若手研究の助成で計算インフラを構築していましたが、これを増設し、現時点では10台以上のサーバー構成で、240スレッド程度のCPUや1.5TBのシステムメモリーを超えたLinux環境を有しています。また、米エヌビディア社(NVIDIA Corporation)の研究助成により、ARMアーキテクチャに基づいたSBCシステムや数本の最新世代のRTXデータセンター用GPUが使用可能であり、深層学習・メルディカルAIなどの解析手法の導入や活用も目指しています。パイロット・中小規模以上のゲノム解析では、東京大学医科研究所におけるSHIROKANEスーパーコンピューターも利用します。
最近の主な業績
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Yasuda T, Sanada M, , et al. Two novel high-risk adult B-cell acute lymphoblastic leukemia subtypes with high expression of CDX2 and IDH1/2 mutations. Blood 2021, in press, doi: 10.1182/blood.2021011921.
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Tanaka Y, Chiwaki F, Kojima S, , et al. Multi-omic profiling of peritoneal metastases in gastric cancer identifies molecular subtypes and therapeutic vulnerabilities. Nat Cancer 2021, in press, doi.org/10.1038/s43018-021-00240-6.
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Chida K, Kawazoe A, Kawazu M, et al. A Low Tumor Mutational Burden and PTEN Mutations Are Predictors of a Negative Response to PD-1 Blockade in MSI-H/dMMR Gastrointestinal Tumors. Clin Cancer Res 2021, 27, 3714-3724.
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Kumagai S, Togashi Y, Sakai C, Kawazoe A, Kawazu M, et al. An Oncogenic Alteration Creates a Microenvironment that Promotes Tumor Progression by Conferring a Metabolic Advantage to Regulatory T Cells. Immunity 2020, 53, 187-203.e8.
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Tateishi K, Miyake Y, Kawazu M, et al. A Hyperactive RelA/p65-Hexokinase 2 signaling axis drives primary central nervous system lymphoma. Cancer Res 2020, 80, 5330-5343. (Co-first author)
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Namba S, et al. Differential regulation of CpG island methylation within divergent and unidirectional promoters in colorectal cancer. Cancer Sci 2019, 110, 1096-1104. (Corresponding author)
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Sato K, , et al. Fusion kinases identified by genomic analyses of sporadic microsatellite instability-high colorectal cancers. Clin Cancer Res 2019, 25, 378-389. (Corresponding author)