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更新日:令和5(2023)年11月30日

ページ番号:404860

知ることから広がる世界(令和2年度心の輪を広げる体験作文入賞作品)

知ることから広がる世界

一般区分

千葉県知事最優秀賞

教師

久川 浩太郎(くがわ こうたろう)

 

大学院に在籍中、同じ学年にタイからの留学生(Aさん)がいた。Aさんは視覚障害者で白状をついており、授業で会うと少し話をする程度であった。ある日、Aさんから引っ越しを手伝ってほしいとお願いされた。Aさんは大学の寮に住んでいたが、寮の都合で一階から三階に引っ越すことになり、一人では難しいということであった。それまでほとんど視覚障害のある方と接したことがなかったため、視覚障害のある方と二人だけの引っ越しがどのようなものになるのか想像できず、不安半分、楽しみ半分で寮の部屋を訪ねた。

部屋の中に入ると正面に画面のついていないパソコンがあり、そこからタイ語のような音が出ていた。Aさんに聞いてみると、パソコンやテレビの画面はつけても視力はほとんどなく見えないため、いつも音声だけ聞いているとのことであった。パソコンから出ている音声は、タイのテレビをイギリス経由で受信できるようにしているとのことであった。それを聞いたときに衝撃を受けた。視覚障害のある方が、日本で生活するのも大変なのに、日本語も英語も堪能で、大学院で研究をしている。さらに情報機器を駆使し、タイのテレビ放送を受信し、日常生活も楽しんでいるのだ。それがきっかけで、私の中の障害のある方に対する世界が広がっていった。比べるのはおかしいことかもしれないが、一言で言ってしまえば「私よりすごい」であった。同じ世界に住んでいても、私の全く想像できない世界がそこにあり、障害の有無にかかわらず、生活を楽しむことができ、能力の高い人もいることを知った。

Aさんとの引っ越し作業は大変というより、とても面白いものであった。重いものは二人で運び、階段や段差がある際には、私が声で伝えながら移動した。普段何気なく見ている環境を声で伝えなければならない。伝えるために私は一生懸命周りを見て、段差の方向や大きさ、入口の位置や家具の位置など、様々な表現を考えて伝えて、無事引っ越し作業を終えることができた。達成感を感じるとともに、自分にも障害のある方のためにできることがあることを知った。引っ越し終了後はAさんがタイ料理を振舞ってくれ、とてもおいしかったのを今でも覚えている。

その後もAさんとお昼を一緒に食べたり、図書館に行ったりなどの交流があり、タイの生活や日本に来てからの生活、視覚障害についてなど、様々な話を聞くことができた。Aさんは大学院修了後タイに帰ってしまったため、それ以来交流はなく、視覚障害のある方との関りもほとんどなくなったが、Aさんと交流した経験は私の中で強く残っていた。

数年前、二年間都内で勤務する機会があり、地下鉄で通勤した。ある日、仕事の帰りに駅に向かう途中、白状をついている方を見かけた。Aさんと接した経験もあったので、少し足早に近づき、「何かお手伝いできることはありますか?」と、声をかけた。帰る方向が同じであったため、その方(Bさん)の乗換えの駅まで一緒に帰ることになった。電車で約40分、いろいろなお話をしていただいた。昔は見えていたが、だんだん視力が落ちていったこと。視力が低下してから盲学校に通いあん摩マッサージ指圧師の資格を取得したこと。休日には水泳の練習をして大会出場を目指していること。様々なお話を伺う中で、私の知らない世界がさらに広がっていった。

その後も仕事が終わり駅に向かう途中、Bさんが歩いていると必ず声をかけ、一緒に帰るようになった。ある日、都内への通勤は大変ではないのかと尋ねたことがあった。Bさんの回答は意外にも、「もう慣れたので大変ではありませんよ。」とのことであった。視覚障害のある方が、地下鉄で通勤するのは大変なのではないかという固定概念が、私の中にはあった。しかしそれは間違いであり、障害の有無にかかわらず感じ方は人それぞれかもしれない。むしろ、二年間のみ都内へ通勤した私の方が通勤ラッシュに苦しめられていた「障害があるからこうだ」と、勝手に決めつけてはいけないことを学んだ。

私は視覚障害のあるBさんのためにできることを考え、手引による誘導を行った。Bさんに私の肘をつかんでもらい誘導し、階段の段差の位置や電車内の様子を伝えるなどの支援をした。しかしながら支援を行っているという意識はなく、むしろ「私が知らない世界を教えていただいている」というような感覚であった。乗換えの駅に着き、別れるときにはいつもBさんからお礼の言葉をいただいた。しかし、いろいろなお話をしていただいたのは私であり、私も「ありがとうございました。」と言って別れた。

今は勤務先が変わり、Bさんとは会うことはなくなってしまったが、AさんやBさんと接したことが、私の中の障害のある方の世界観となっている。障害のせいで不自由で苦しい生活を送っているというよりも、少し不便かもしれないが工夫して楽しんで生活しているという世界である。「障害のある方は大変だ、かわいそうだ、近寄りがたい」というイメージをもつ人もいるかもしれない。しかし実際に会ってお話ししたり、交流したりすることで障害のある方に対するイメージは変わっていくのかもしれない。そのような世界を多くの人が、まずは知ることで共生社会の一歩になるのではないかと考える。

現在私は、聴覚に障害がある子どもたちが通う聴覚特別支援学校の教師をしており、日々子どもたちの可能性には驚かされている。社会に対し私に何かできることはないかと考え、日々の教育実践から可能な範囲で聴覚障害のある方の世界を発信するようにしている。その発信の中から、障害のある方の世界に対して知るきっかけとなる方が少しでもいてくれれば幸いである。

お問い合わせ

所属課室:健康福祉部障害者福祉推進課共生社会推進室

電話番号:043-223-2338

ファックス番号:043-221-3977

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