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ホーム > 県政情報・統計 > 県のご案内 > 県のプロフィール > 県民の日 > 千葉県紹介パネル(通称「県民の日パネル」)の貸出し > <千葉県の成り立ち編>-千葉県紹介パネル(通称「県民の日パネル」) > 1.「千葉」と「ふさの国」の由来
更新日:令和5(2023)年5月30日
ページ番号:19911
千葉県は、豊かな大地に育まれた農産物に恵まれています。
また、全国1位の数を誇る貝塚が示すように、はるか昔の縄文時代から豊かな海の資源にも恵まれていました。
千葉県がこのような自然の恵み豊かな土地であったことは、「ふさ」の字にも表れています。
奈良時代の木簡(もっかん)では、上総のことを「上捄」と書いています。「捄」には「盛る」という意味と、「房をなして稔る果実」の意味があります。
また、平安時代初期の『古語拾遺(こごしゅうい)』には、麻を植えたところよく育ったので、麻の別名である「総」の名をとって「ふさ」の国と名付けたという説話があります。
一方、「千葉」の文字については、『万葉集』の中に、下総国千葉郡の大田部足人(おおたべのたりひと)が天平勝宝7年(755年)に詠んだ歌の冒頭に「知波乃奴乃(千葉の野の)」と記されています。
多くの葉が生い茂ったことを意味する「千葉」も「ふさ」と同じように、千葉県の豊かな土地にふさわしい名前といえるでしょう。
古語拾遺(『千葉県の歴史』資料編古代より転載)
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