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更新日:令和8(2026)年3月16日
ページ番号:6136

日蓮聖人は建長5年(1253)日蓮宗を開宗し、文応元年(1260)立正安国論を著して幕府に献策したことで伊豆に配流されたり文永8年(1271)には佐渡配流ともなった。後の同11年免罪以後は甲斐国身延山に隠棲して信徒を教養し法華経を弘通(ぐつう)した。
断簡(きれぎれにされた日蓮聖人の御真筆の一部)は、信仰の厚い人々が聖人の真筆を大切に保持するため消息文を分断して守護したと思われる書で縦26.9センチ、横5.6センチの和紙に残されている。
「を用されバ彼の機分に随しし葉らく妄語をなす与欠(与に欠で1字)」
2行22文字の短冊形で、意図するところの咀嚼(そしゃく)は困難としても近郷に残る自跡は希少で価値は大である。年代は建治、弘安のころである。これを所蔵する妙提寺は日持上人の教化により真言宗から改宗したが、他宗から圧迫を蒙り有名無実であった。
文明15年池上本門寺第8世、大連阿闇梨日調上人により中興開祖となる。
日調上人の生誕地は、現在の夷隅町大野といわれ、上総国へは数度にわたって巡教し法華経を弘通(ぐつう)、七ケ寺を開山した祖である。
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