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ホーム > 教育・文化・スポーツ > 歴史・文化 > 文化・文化財 > 文化遺産 > 彫刻・絵画・工芸品など > 絵画 > (いすみ市)絹本 水墨淡彩軸装 中呂洞山水図
更新日:令和6(2024)年2月19日
ページ番号:6105
画面は縦95.6センチ、横35.3センチの三幅対で、江戸時代後期の作品である。
画面構成は、中幅が、人物と洞が中心となり、上部の樹へと移り、手前右の岩石で画面を締めている。右幅は、右の岩石と松が中心となり、中景、遠景へと移り、手前左下の岩石が画面を締めている。左幅は、左手岩石と松が中心となり、遠景の滝へと移り、手前右下の岩石で画面を締めている。
人物の表情や手の描写がよくできており、青墨の使い方もたくみである。松の枝の線描や岩石の斧劈皴に狩野派の特徴がよく表現されている。
作者狩野晴川院養信(1796~1846)は、栄信の長男、文政2年(1819)法眼、天保5年(1834)法印となる。江戸城を始め多くの障壁画を描き、筆力強く努力家で、多くの模本縮図を伝え、その記述「会心斎年記」は、狩野家の研究の必須文献である。彼は単に木挽町狩野家だけでなく、全狩野派の中で最後の大家であった。
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